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50周年記念対談Ⅳ】作家・島村菜津さん④ジーノ・ジロロモーニが教えてくれたもの

僕らの仲間がお店を1000軒作るだけのお金を出してくれたら、世界を変えるのに

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50周年を記念して、創健社社長・中村靖が各界のLOVE > FOOD > PEACEを実践しておられる方々にお話を伺いにいきました。記念対談の第4弾はスローフード運動や、国内外のスローライフの取り組みの紹介者として有名なノンフィクション作家・島村菜津さん。ジロロモーニの故郷イゾラ・デル・ピアーノから始まって、創健社が果たすべき役割について盛り上がります。

 

●ジーノが築いた楽園イゾラ・デル・ピアーノに学ぶ

中村:島村さんはジーノ・ジロロモーニにも直接取材をされて、著書『スローシティ~世界の均質化と闘うイタリアの小さな町~』の中にもまるまる1章使って紹介していただいて、ありがたく拝読しました(第9章「農村の哲学者ジーノ・ジロロモーニの遺言――マルケ州 イゾラ・デル・ピアーノ」)。ジーノの思い出やジロロモーニブランドについてお考えをお聞かせください。

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『スローシティ 世界の均質化と闘うイタリアの小さな町』を手に

 

島村:ジーノの農業協同組合の周辺は楽園です。パスタ工場も丘の上にエコ建築で作ってらして、しみじみ良さが分かります。おいしいものを作っているだけでなく、その先には意図された環境作りがあって、10年20年かけてあの一帯が理屈抜きできれいな景観に仕上がっています。世界遺産の町ウルビーノの近くにふさわしい美しさですよね。

創健社さんは、そういう場所をたくさん味方に持っているわけだから、もっとこれ見よがしにアピールできたらいいのかなと思います。これは一消費者の立場での考えですけれど、これから、クオリティーの高いオーガニックで大切になるのは、作っている場所がありありと見えるということかなと思っています。

 

中村:私は島村さんほどイタリアについて詳しくありませんが、個人的にイタリアを訪れた中では、イゾラ・デル・ピアーノの風景はひときわ印象に残っていますし、現地の宿泊施設兼レストラン「ロカンダ・ジロロモーニ」で食べるよりおいしいものは今のところ見つかっていません。

 

島村:はるか地平線まで邪魔な人工物が全くない、あの抜けのいい丘陵地が目の前にあって、しかもビジネスと文化のバランスも良くて、あれに勝つ場所はそんなにありません。ジーノはコンサートだけでも300回以上やっているんですよね。錚々たるメンバーが来ていて、哲学者のイリイチや、イタリアで大人気のミュージシャン、ジョヴァノッティなんかも通っていたんですよ。

あの村は文化のパワースポットで、そういう場所が本当においしいものを作る場所であって、おいしいものを人にわかってもらう場所であって、環境作りの場所であって、どんな宗教の人も喧嘩せずにいられる場所を作りたいと思って、ジーノはまちづくりをしてきて、子どもたちがあとを継いでいるという、すごく面白い場所です。おいしいものを子どもたちや孫の世代に残したいという場所の理想的なモデルだと思います。

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中村:食べ物は実際に食べてもらうのが一番ですので、ここアーペの島田シェフにご協力いただいて、最高のジロロモーニが食べられるレストランを目指していただいています。もともと島田シェフは、オーガニック野菜を農家と契約して、おいしい自家製パンを焼くなど、原材料からこだわっておられるんです。

 

島村:この『ブレードランナー』の新作みたいな外観の建物で(笑)、オーガニックな取り組みをきちんとやっているという意外性も素晴らしいですね。今、世間では少子高齢化など暗い未来の話ばかりしますが、私はむしろ日本はそれなりの風格のある成熟した社会を作って行けばいいと思うんですよ。ファストフードばかりの場所になると心にもよろしくないですが、アーペのようなお店が増えるといいと思います。

例えばここでなら、友達だけのごはん会をやりながらじっくり時間をかけて食べ物の価値を伝えられます。イタリア人は、80〜90年代に、こういう場を増やすことにすごく力を入れて来たことで農村が豊かになったんです。今、日本にもその動きが出て来ています。「え、こんな場所に?」という所に、とてつもなく素晴らしいお店がポンとでき始めて、ちょっといい感じになって来たと思っています。ですから今度は都会にも発信力が強いこういう場所が増えてほしいですし、創健社さんにもぜひ応援してほしいです。

 

中村:ありがとうございます。島田シェフは実際にイゾラ・デル・ピアーノに行っていただいて「ロカンダ・ジロロモーニ」のシェフと一緒に料理をつくるなど交流して、ジロロモーニの本場の味を研修してマスターされているんですよ。

 

●場を作り、仲間を増やし、物語で伝える

島村:そういえば、ジーノは生前、「ビンラディンの思いはわからなくはないけれど、世界を変えるのにあんなやり方をしなくていい。僕らの仲間がお店を1000軒作るだけのお金を出してくれたら、世界を変えるのに」と言っていました。場所を作るのは大事です。一息ついて、おいしいもの食べたり、おいしいコーヒーを飲みながら語り合ったり議論したりする場所があれば、伝えたいことを伝えられます。ここ(アーペ)には感動しましたよ。農家だけでなく、こういうお店も応援していきましょう。

ジーノが教えてくれたことはそういうことだったのかなというのが、なんか今、わかってきたというか。体にいいものを食べることで、自分も家族も元気になるだけでなく、地域も元気に出来るし、故郷に子供たちがちゃんと帰ってこれて、そこには仕事があって、いい空気が吸えてというのが終着点なのかなと感じています。

 

中村:そういう思いや大切にしているものを、日本人の心にも自然とじわっと染み入るようにすることが大事ですね。島村さんのようにそれを言葉にするのか、あるいは映像で伝えるのか、弊社で言えば商品にするのかということですね。何か創健社に対してアドバイスがあれば、ぜひお聞かせください。

 

島村:はい。この2、3年間、イタリアはオーガニックの消費率がすごく増えています。EUも熱心で、イタリアの政府も補助金を出しています。シチリアでもものすごく増えています。イタリアが経済難という状況は変わりませんし、ミラノなどの大都会でも生活が厳しい人はたくさんいます。それでも「量を減らしてでもいいものを食べよう」という志向が増えています。

スローフードのような価値観は、経済状態には関係なく、ずっと続けていくと、どこかでスイッチがちゃんと入って、染み込んでいくのかなという実感があります。ジーノの現場を見てしまったら、あのパスタの価値は、現場の絵とセットで、浮かびますよね。だからそういう、消費者を増やしていく。仲間を増やす感じですけれど。それが一番強いと思います。

 

中村:実は、創健社でも今まさに仲間を増やすということを話しています。50周年を機に、50年後の100周年に向けて新しい提案をしようと話していますが、弊社が一人でできることと、生産者さんや製造者さんや流通のみなさん、そして島村さんのような文化としての食を考えてくださる方とご一緒に議論したり、場合によっては競い合いながら見つけていくものだと考えています。

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島村:あと一つ私からお願いがあります。福岡の姉の家のすぐ近くにあるスーパーにジロロモーニ・コーナーがございます。POPもつくってオレンジで統一して、レジのすぐ横にいい感じに頑張って作ってくれているんですが、見ていて何か物足りないんです。プラスアルファで何かをやっていただきたいと感じました。頑張っているジーノのクオリティを伝えるツールがほしいです。

旅行で一回イタリアを訪れたぐらいでは、他のオーガニックパスタとの違いはわかりません。どっちもオーガニックと書いてあったら安い方を選んでしまいます。大事なのはジロロモーニのすごみや奥行きを見せていく物語です。お店でテイスティングの会をするのでもいいですし、小冊子などで、どんな場所でどんな風景を作りながら、商品を作っているのかが一目でわかるようなものがあってもいいのかもしれないと思います。

 

中村:ありがとうございます。まだまだ不足している部分だと痛感しています。

 

島村:私はとにかく現場を知っている人を増やさないといけないと考えています。そのために日本の環境保全型のものづくりをしている人や、継ぐ人が少ない中で頑張っている漁師さんの現状などを伝えたい。そのためにはおいしいグルメツアーでもなんでも、一回現場に足を運ぶ人を増やしたいので、出来るだけそういうものを書いて行きます。

イタリア好きな日本人も、トスカーナやベネチアなどお決まりのところに行きがちです。実際には私は毎年行くほどに知らない世界を見つけますし、まだまだイタリアをよく知っているなんて言えません。ですから、本当においしいものを食べるための「特別な二度目の旅」を提案したいと考えています。それに合わせて、ジーノのところにもまた行きたいな、と思っています。

 

中村:心強いです。私たちもこれからも商品の背景にある作り手たちの物語を発信していきたいと思いますし、同時に、50年から先の20年後、30年後に常識となっているような食のコンセプトを発見して、プロデュースしていきたいと考えています。これからもいろいろアドバイスいただければ幸いですし、島村さんの発信を我々も微力ながら応援させていただきます。

(この項、終わり)

 

島村菜津さん:

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ノンフィクション作家。福岡県出身。東京藝術大学芸術学科卒業。イタリアの食を紹介した『スローフードな人生!─イタリアの食卓から始まる』(新潮文庫)は日本におけるスローフード運動のきっかけとなった本。著書に『フィレンツェ連続殺人』(新潮社、共著)、『エクソシストとの対話』(小学館、21世紀国際ノンフィクション大賞優秀賞)、『スローフードな日本!』(新潮社)、ジーノ・ジロロモーニへのインタビューを含む『スローシティ〜世界の均質化と闘うイタリアの小さな町』(光文社新書)他。最新作は『ジョージアのクヴェヴリワインと食文化: 母なる大地が育てる世界最古のワイン伝統製法』(誠文堂新光社、共著)