私たちが毎日食べているお米や野菜、果物の多くは、長い年月をかけ「育てやすさ」「美味しさ」などのために、品種改良が進められてきました。
この品種改良のうちの一つとして、遺伝子組換え技術が開発され、農作物などの改良の範囲の拡大や、改良期間の短縮等ができるようになりました。一方で、遺伝子組換え技術を利用して生産される作物やこれを原料とする加工食品について、安全性への懸念の声もあり不安を感じる方も多くいらっしゃいます。遺伝子組換え食品の何が心配されているのでしょうか?
まず今回は遺伝子組換えのこと、遺伝子組換え食品の歴史と背景について、次回は2023年4月から変更になりました遺伝子組換え食品表示についての2回に分けて遺伝子組換え食品についてご説明します。
遺伝子とは?
生物のかたちや特徴を決めているのが遺伝子です。あらゆる生物が遺伝子を持っています。遺伝子は、ひも状のらせん構造をした「D N A」という物質からできていて、タンパク質を作り出す働きをしています。
品種改良とは?
古代より人々は、農作物を栽培している間に、自然界で突然変異を起こした作物の中から人間が希望する性質を持つ作物を選抜して育てることによって作物の性質を変えていました。
しかし、自然界の突然変異を待っているといつになるかわからないため、性質の異なる品種同士を人為的に交配させ・育種する交雑育種(掛け合わせ)の手法が行われるようになりました。
この「掛け合わせ」とは、目的の性質をもつ種子のおしべとめしべによる受粉による交配を行い、さまざまな性質を持つ種子を育て、その中からより目的の性質をもつ種子を選抜し、目的の性質を持つ作物が誕生するまで交配を続け、目的の性質の種子ができたら、さらに性質が安定するまで育種を繰り返します。この掛け合わせによる品種改良は、新しい品種を作るまで数年から何十年も年月がかかります。
このように農作物を育てやすくしたり、より美味しくしたり、効率よく収穫したりするために、従来から品種改良が行われてきました。実際、日本を代表する農産物である米なども掛け合わせの技術で、気候や冷害への耐性といった性質を変えながら、我々の生活に欠かせない食材の一つとなりました。
さまざまな品種改良
交雑育種(掛け合わせ) | 選抜、交配を繰り返す |
遺伝子組換え | 放射能などで種子の突然変異を誘発させる 遺伝子組換え技術で他の生物の性質を加える |
ゲノム編集 | 狙ったD N Aを切断し、遺伝子を書き換える |
遺伝子組換え技術とは?
遺伝子組換えとは、放射線や化学物質などを用いて人為的に突然変異をおこさせたり、遺伝子組換え技術で他の生物の遺伝子を人為的に加えたりする品種改良の一つの方法です。
遺伝子組換え技術では、タンパク質をもつさまざまな生物の遺伝子であれば組換えることが可能です。そのように自然に交配することはない微生物などの遺伝子が組み込まれた作物は本当に安全なのでしょうか?
厚生労働省からは、「さまざまなデータに基づき組み込んだ遺伝子によって作られるタンパク質の安全性や組み込んだ遺伝子が間接的に作用し、有害物質などを作る可能性が確認されているので食べ続けても問題はありません。」と報告されていますが、本当に安全なのかは現在でも議論されています。
従来の品種改良と遺伝子組換え技術
遺伝子組換え技術とはどんなものなのか、従来の交配による品種改良と比較しながらご説明します。
従来の品種改良(掛け合わせ)では、新たな性質を持つ作物を作るために、何世代もの交配を行い、求める性質が現れるのを待つ必要があります。そのためかなりの年月を要してしまい、新たな品種を誕生させるまでとても時間がかかってしまいます。
しかし、遺伝子組換え技術であれば、別の生物の有用な遺伝子を組換えるだけで作物に新しい特性をもたせることができるため、何世代にも渡る交配は不要で、より早く新たな特性を持つ作物を作ることが出来ます。求める特性を持たせるために、かかる時間が掛け合わせと比較して大幅に短縮できます。
また、遺伝子組換え技術では自然では交配しない生物から遺伝子を持ってくることができるため、従来の掛け合わせによる品種改良では不可能と考えられていた特長を持つ農作物を作ることができます。
遺伝子組換え技術により、害虫に強い作物が生産可能となれば、農薬の散布など害虫除去に関する工数を減らすことが可能になります。除草剤に強い作物を作り、除草剤とセットで栽培することで、収量を増やすといった組合せも考えられます。
作物の生産量が増加することで、食糧問題の改善にも寄与することが期待され、このようなことから遺伝子組換え技術を利用した作物の生産量は年々増えています。
遺伝子組換え食品とは?
遺伝子組換え食品とは、別の生物の細胞から取り出した有用な性質を持つ遺伝子を、その性質を持たせたい植物等の細胞の遺伝子に組込み、新しい性質をもたせる遺伝子組換え技術を用いて開発された作物及びこれを原料とする加工食品のことです。
遺伝子組換え食品の安全性
掛け合わせであれば、めしべに他の品種の花粉をつけて交配し、育種となりますので、別の生物の遺伝子が入る事はありませんが、遺伝子組換え技術では、自然界では交配されない別の遺伝子を人為的に組込むことが可能なため、自然発生しない作物が新たに作られる事になります。
その遺伝子組換え食品を口にすることによって、人体に害をもたらすのではないか?遺伝子組換えを行った作物が体内に入ると、アレルギーの原因になるのではないか?という指摘が根強くあります。厚生労働省は審査を行なっているため、アレルギーを引き起こす可能性があるような作物は市場に出まわらないと発表していますが、本当に安全なのでしょうか?このように、遺伝子組換え作物に対する懸念の声も少なくありません。
掛け合わせと比較しても遺伝子組換え技術の研究期間はまだまだ短く、人が口にするようになってもそれほど年月は経っていません。「今後も検証が必要」と主張する研究者も多く、安全性についてはグレーという見方が存在しています。
また、遺伝子組換え技術による育種は、掛け合わせと比較して、味や香りに変化をもたらす可能性があります。味や香りの変化による健康被害であったり、遺伝子組換え作物を摂取することで、ガンや白血病などの健康被害が出る可能性もあると言われています。
遺伝子組換え作物と遺伝子汚染
遺伝子組換え作物が、環境に与える影響として、除草剤への耐性が強い遺伝子を組込んだ作物の花粉などが、何らかの形で雑草に組み込まれる可能性も考えられます。農林水産省は、この可能性は極めて低いと発表しているものの、実験方法に問題があると指摘する研究者も数多くいます。
遺伝子組換え技術によって進化した作物が、野生種と交雑することで、生態系への影響を与える可能性があると言われており、これを遺伝子汚染と言い、在来種の遺伝的な独自性や多様性がなくなってしまったり、生態系や環境を壊してしまう恐れが懸念されています。
遺伝子組換え食品の歴史と生産国
遺伝子組換え食品は、1996年にアメリカで商業栽培がはじまりました。
2019年時点で、遺伝子組換え農産物を作っている国はアメリカ、ブラジル、アルゼンチン、カナダ、インドなど世界で29か国、世界の遺伝子組換え農産物の農地総面積は、日本の農地面積の約43倍、1億9千万ヘクタールに及びます。
世界の栽培状況(栽培国29カ国)
遺伝子組換え農作物の世界の栽培面積割合
主要な遺伝子組換え農作物の栽培面積は、ダイズ(48%)、トウモロコシ(32%)、ワタ(14%)及びセイヨウナタネ(5%)となっています。
日本において食用・飼料用として使用することを目的とした遺伝子組換え農作物の商業栽培はありません。
日本の遺伝子組換え対象作物の輸入量
世界で栽培されている主要な遺伝子組換え農作物である、ダイズ、トウモロコシ、ワタ、セイヨウナタネについて日本の輸入状況はどうなっているのでしょうか?
ダイズ
(単位:万トン、%)
生産国 | 輸入量 | シェア |
米国 GM栽培率94% | 248.5 | 73 |
ブラジル | 55.1 | 16 |
カナダ | 33.0 | 10 |
その他 | 2.7 | 1 |
合計 | 339.2 | 100 |
トウモロコシ
(単位:万トン、%)
生産国 | 輸入量 | シェア |
米国 GM栽培率92% | 1095.4 | 69 |
ブラジル | 468.2 | 29 |
アルゼンチン | 23.8 | 1 |
その他 | 10.8 | 1 |
合計 | 1,598.3 | 100 |
ワタ
(単位:万トン、%)
生産国 | 輸入量 | シェア |
米国 GM栽培率98% | 5.7 | 61 |
ブラジル | 1.9 | 21 |
ギリシャ | 0.9 | 9 |
その他 | 0.8 | 9 |
合計 | 9.3 | 100 |
セイヨウナタネ
(単位:万トン、%)
生産国 | 輸入量 | シェア |
カナダ GM栽培率95% | 223.8 | 95 |
オーストラリア | 12.2 | 5 |
フランス | 0.0 | 0 |
その他 | 0.0 | 0 |
合計 | 235.9 | 100 |
日本は飼料用途や食用油、甘味料等の原料として、トウモロコシ、ダイズ、 セイヨウナタネ及びワタを大量に輸入しており、主要輸入先の遺伝子組換え作物の栽培率は90%を超えています。
対象作物は大半が遺伝子組換え不分別で日本へ輸入されることから、輸入量の多くが遺伝子組換え作物であると推定されます。
今回この原稿を書くにあたり、これほどの量の遺伝子組換え食品が流通していることに驚きました。
我々消費者がどのように選ぶかは、食品表示から読み取ることでしかありません。2023年4月1日より遺伝子組換えに対する表示について改正がありましたので、次回のコラムにて、解説いたします。
出典:農林水産省 遺伝子組換え農作物をめぐる国内外の状況
https://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/carta/zyoukyou/index.html